十五夜(じゅうごや)に
月見団子(だんご)食べる習慣って、
一体、いつ頃、誰が考えて、
今に至っているんでしょうか?
さめた言い方をしてしまえば、
「月」は、単なる衛星というか
天体なわけですし、
それに対して、お団子をお供えするというのは、
科学的見地からすれば、まったくもって
ナンセンスな、お話に思えてしまうわけで(笑)
十五夜については、他に「中秋の名月」とか、
「芋名月(いもめいげつ)」などと呼ばれ、
また、月見は「観月(かんげつ)」とも呼ばれていますね。
2018年の十五夜は9月24日(日曜日)になりますが、
来年、再来年はまた日付が別の日に変わります。
ちなみに、
過去・現在・未来
2018年~2030年までの十五夜は以下の通りです。
Sponsored Link
そもそも「十五夜」というのは何をする日なのか?
もしかして、月を眺めながら
「あ~キレイなお月様だなぁ~♪お団子おいしぃ♪」
だけの行事なのか?
それとも何か神仏に関する正式な儀式があるのか?
もともと「月見」の習慣というのは中国ではじまり、
平安時代に遣唐使により、日本に伝わったものです。
なので、月見自体は日本発祥の習慣ではありません。
そのため、平安貴族達は、名月の鑑賞を
単なるイベントと捉え、飲めや唄えで楽しんでいたようです。
何故?中国で月見が始まったのか?
それは、秋の実りや収穫を祝うことの切欠から始まったそうで、
いわゆる「中秋節」と呼ばれるものが起源となったようです。
その中秋節の際、中国では「月餅(げっぺい)」という
和菓子的なものを食べる習慣があります。
もしかして?
それが、日本の月見で
お団子が食べられるようになった始まりなの?
・・・と思われがちですが、
実は、よくよく調べてみると、大昔から日本には、
満月の夜にお供えをして、
その後、供物を食べる習慣がありました。
大昔・・・それは、縄文時代まで遡ります。
「農耕民族」と呼ばれる日本人も、
大昔は「狩猟」をする民族でした。
従って、時期や状況によっては、
食糧が確保できなくなることもあり、食べるため、そして、
生きていくためには、必然的に農耕が必要になりました。
ですが、最初から「米」が存在していたわけでは無く、
最近の調べでは、
稲作が始まったのは縄文時代中期頃からと言いますから
それまでは、
お月見に「もち米系」の団子はありませんでした。
では、何をお供えし、月見に食していたのか?
それは「里芋(サトイモ)」でした。
つまり、月見でお団子を食べる習慣の起源は、
驚くほど古く、縄文時代中期からであったというわけです。
月見芋(月見だんご)の習慣は、中国の場合と同様
収穫を祝うことが切欠になったようです。
月見団子にはいろんなエピソードがある
現在、十五夜に、月見だんごを備える習慣がありますが、
通常丸い形をしたお団子も、名古屋では、ダンゴの形が、
里芋のように先がヒュン!と尖った形をしています。
また、月見だんごは、数にも決まりがありまして、
ところによっては、暦の月数に、ちなんで、12個とするところと、
十五夜なんだから、15個だ。というところがあったりします。
ちなみに私は、数を気にしたことがありませんので、
お団子を購入する場合は、和菓子屋さんで売られている
6個入のものしか買ったことがありません(笑)
たまには月見を楽しむ余裕を
いずれにしても、十五夜って、その言葉自体も綺麗ですし、
なにより、風情があって良いですね。
「ウサギがお餅を搗いている」というイマジネーションも
とっても可愛くて素敵だと思います。
毎日、忙しい現代人は、地上の現実的なものばかりに
目を奪われがちですが、たまには、夜空を見上げて、
お月様を眺めてみてはいかがでしょうか。
人気の宿、美味しい料理、貸し切りの露店風呂から
優雅に眺める月も、また最高です。